青い炎と人形の物語 第9章 魔法の女王 その5 [球体関節人形製作]
砲弾のように飛ぶマリーの精神体は、夜の帳《とばり》が下りた空を、西へ、西へと向かっていた。
透明だがわずかに青く光輝くその姿は、魔法の心得がある者が見たならば、あたかも大天使のように見えたことだろう。
(なんとかしなければ...明日11日の夕刻までに!)
マリーはシュべルトの町の古いホテルでレオンが言った言葉を思い出していた___
『マリー。君は戦いを避けたいようだけど、君が見てきたように、もう敵は戦いを避けてはくれない...もし、君が良い方策を思いつかなければ、僕らは明日11日の夕刻には敵の中隊に向かって魔法の幻影を見せて対抗しなければならない...待てるのはそこまでだ。それを過ぎたらもう僕らの邪魔はしないで欲しい...わかるよね?僕らは戦いを選択したんだ。僕も君のパパ達を傷つけたくはないんだ...』
(わかっている...でも、どうしたらいいんだろう?)
やがて、ヴィルレーデ村のわずかな明かりが見え始めると、マリーの精神体は空の高みから一気に地上へと降下していった。
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「マリー!ようやく戻ってきたんだね」
ラウラの顔がぼんやりと左上に見えた。
「心配したのよ!マリー!もう戻って来ないのかと思ったわ!」
右上にはエルケの心配そうな顔があった。
「...ラウラ師匠、エルケ...ごめんなさい。私...遠出しすぎたわ」
自身の肉体に戻り、マリーは途方もない疲労感に捕らわれていた。
「マリー...無理はしない約束だったはずだよ...で、どこまで行ったんだい?」
ラウラはマリーの負担にならないように、あまり問い詰めるような言い方はしなかった。
「...バルリンと...シュべルトの町へ行ってきたの...」
それを聞いたラウラとエルケは思わず顔を見合わせた。
「首都バルリンとシュべルトの町へ...片道でも直線距離で200km以上はあるね...それぞれの町で時間を取ったのだろうから...一体、時速何キロで飛んだのやら...」
ラウラは驚きを隠せなかった。
「ラウラ師匠!どうかお知恵を貸してください!私、どうしたらいいんでしょう?!」
マリーは疲弊している身体に鞭を打って、半身を起こし、ベッドの脇のラウラの両腕をつかんだ。
「落ち着きなさい。マリー」
ラウラはマリーの両手を握り彼女を落ち着かせた。
「話してみなさい。何があったのか」
「ラウラ師匠。エルケ...話す代わりにビジョンを送ります...」
マリーは左手でラウラ、右手でエルケの手を握って目を閉じると、今日の午後に起こったことについて静止画、時々動画、そして時々マリー自身がナレーションの思考などを交えてビジョンを伝えたのであった。
そのビジョン自体もラウラとエルケには驚きであった。
(素晴らしい...こうも経験した景色を記憶に残してはっきりと再生できるとは...マリーは、もはや魔法の女王と言っても過言ではないだろう...)
ラウラは軽い感動すら覚えていた。
しかし、ラウラはマリーがこの経験の中でひどく迷い始めたことも十分に知ることができた。
一連のビジョンの伝達が終わった後にマリーは言った。
「帝国軍の中隊を幻を使って止めたとしても、帝国軍は更に戦力を拡大して侵攻してくると思います...そして、いつかは、その物量に負けてシュべルトの住人はすべて殺されてしまうでしょう...レオンもレオナも基本は人間です...使う魔法の力にも限度があります...」
エルケは途方に暮れた顔でマリーを見つめながら彼女の手を握っていたが、ラウラはマリーの左手から手を放し目を閉じて腕組みをして、しばらく何か考えているようであったが、やがて目を開けマリーを鋭く見て言った。
「まったく人が死なない訳ではないし、リスクもあるが...これから、このデイテュラントの国の中で人族、魔女族、鬼人族、狼人族が共存する道をある程度作ることはできるかもしれん...これから私が言うことをやってみるかね?」
...to be continued.